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大分地方裁判所 平成9年(ヨ)10号 決定

債権者

岩崎豊治

債権者代理人弁護士

德田靖之

吉田祐治

渡辺耕太

債務者

有限会社新和企画

右代表者代表取締役

亀井剛太郎

債務者

三和建設株式会社

右代表者代表取締役

友澤準二

債務者ら代理人弁護士

麻生昭一

千野博之

主文

一  債務者有限会社新和企画は、別紙物件目録(一)記載の土地上に同目録(二)記載の建物を建築してはならない。

二  債権者の債務者三和建設株式会社に対する申立てを却下する。

三  申立費用は、債権者に生じた費用の二分の一と債務者有限会社新和企画に生じた費用を同債務者の負担とし、債権者に生じたその余の費用と債務者三和建設株式会社に生じた費用を債権者の負担とする。

事実及び理由

第一  債権者の申立て

債務者らは、別紙物件目録(一)記載の土地上に同目録(二)記載の建物を建築してはならない。

第二  事案の概要

本件は、マンションを建築しようとする債務者らに対し、隣接土地上に建物を所有する債権者が、建築計画どおり右建物が建築されると、受忍限度を超える日照被害、地盤沈下等による補修不能の建物の損傷が生じるとし、日照権、所有権に基づく建築差止請求権を被保全権利として、右建物の建築禁止を求めるものであり、主要な争点は、以下のとおりである。

1  建築後の建物による債権者の日照被害が受忍限度を超えるものかどうか。

2  建築の際の基礎杭打設工事によって、債権者の所有建物に地盤沈下、振動等に伴う傾斜、亀裂等の被害が生じるか。

第三  疎明された事実

争いのない事実に疎明資料、審尋の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

一  当事者

1  債務者有限会社新和企画(以下「債務者新和企画」という。)は、別紙物件目録(一)記載の各土地(以下「本件建物敷地」という。)を、平成八年六月五日に買い受け、右各土地上に同目録(二)記載の建物(分譲用マンション。以下「本件建物」という。)の建築を計画し、平成九年三月三一日、別府市建築主事の確認(確認番号第一二号)を受けた(争いのない事実、疎乙三一)。

また、債務者三和建設株式会社(以下「債務者三和建設」という。)は、右建築確認において工事施行者として申請され、今後、債務者新和企画と本件建物の建築請負契約を締結する予定である(疎甲四、六、疎乙三一、審尋の全趣旨)。

2  債権者は、本件建物敷地の北側に隣接する土地の借地人であり、右土地上に別紙物件目録(三)記載の建物(以下「債権者建物」という。)を所有し、昭和四一年以来、家族とともに右建物に居住している(争いにない事実、疎甲八の6、審尋の全趣旨)。

二  建築予定地及び付近の状況

1  本件建物敷地は、別府市南部の国道一〇号沿いに位置しており、債権者建物との位置関係は別紙図面一記載のとおりであり、債権者建物の敷地南側との境界から四メートル弱の距離をとって設計されている(争いのない事実、疎乙五)。

債権者建物は、二階建ての木造建物で、南側の一、二階に合計四箇所、東側二階に三箇所の、開口部を有している(疎甲八の6、一二)。

2  本件建物敷地及び債権者建物の敷地を含む一街区(東側の国道一〇号、北側の通称松原通り、南側の通称御幸通り、西側の一方通行の道路によって囲まれ、右一方通行の道路を隔てて別府市浜町六番の区画と向い合っている同市浜町九番の区画。以下「本件街区」という。)は、都市計画法上の商業地域であるが、別府市内の他の幹線道路(駅前通り、富士見通りなど)の沿線では、容積率が五〇〇パーセントに指定された地域があるのに対し、容積率は四〇〇パーセントに指定されているにとどまる地域である(疎乙二、三)。

本件街区及びその周辺地域には、若干の空地、駐車場等がある他は、低層の住宅、店舗が密集しており、本件街区においても、債権者建物所在地から一軒おいて西隣りに、五階建ての共同住宅「浜町コーポ」、その南隣りに三階建ての建物がそれぞれ存在する他は、二階建て以下の低層の居宅、店舗等が建ち並んでいる(疎甲一、六、疎乙二、三〇)。

三  建築計画の概要

本件建物は、建築面積372.51平方メートル、建築延面積4348.24平方メートル、建ぺい率36.1パーセント、容積率393.15パーセント、地上一四階、高さ約四一メートルの共同住宅であり、平成九年二月二〇日に着工される予定であったが、着工が延期されたまま現在に至っている(疎甲二、疎乙四の11、三一、審尋の全趣旨)。

四  本件建物による債権者の被害

1  債権者建物は、従来から冬至日、春分・秋分日ともに午後二時以降は西側の前記「浜町コーポ」の日影下に入っていた(疎乙五、六、審尋の全趣旨)。

2  そして、本件建物が前記計画どおりに建築されると、別紙図面一、二各記載のとおり(受影面地上四メートル、以下同じ。)、債権者建物南側が冬至日のみならず春分・秋分日においても、終日本件建物の日影下に入り、また債権者建物東側も冬至日においては午後三時以降、春分・秋分日においても午後二時以降に本件建物の日影から脱するに過ぎず、右各時刻以降は日照は南西側から当たるため、右東側部分への日照はなく、結局いずれの時期においても債権者建物は終日日照を受けられないことになる(疎乙五、六)。

3  ところで、本件建物敷地上には、かつて債権者建物の敷地南側の境界に近接して、高さ約五メートルの二階建てガソリンスタンドが存在しており、右境界付近には高さ約二メートルの防火壁があった(疎甲一一、一二、疎乙一〇の1ないし3、一一)。

右ガソリンスタンドが存在していたころは、債権者建物の南側は冬至日、春分・秋分日のいずれにおいても、終日ガソリンスタンドの日影下に入っていたが、同東側は、冬至日においては午前九時以降は右日影から脱し、約二時間近く東側開口部からの日照を得られる状況であった(疎乙九の1、2)。

右ガソリンスタンドは昭和五一年三月二四日に新築され、平成三年六月二四日に取り毀された(疎乙二七)。右取毀し以後、本件建物敷地に債権者建物の日照を阻害する規模の建物が建築されたことはない(審尋の全趣旨)。なお、債権者建物の東側には前記防火壁の一部がなお残存し、東側一階部分の開口部を日照から遮っている(疎甲一二、疎乙一六)。

五  日照阻害の回避可能性

1  仮に、本件建物の階数を五階あるいは三階に削減した場合であっても、債権者建物の南側及び同東側が本件建物の日影下に入る時間は、本件建物が計画どおりに建築された場合とほとんど変わることがなく、右階数の削減によって債権者建物の日照被害を回避することは不可能である(疎乙八、二五)。

一方、債権者としても、債権者本人が病気、高齢により寝たきり生活を続けており、他への移動も困難であることなどから、債権者建物の建替え、配置変更や転居等により日照被害を回避することは困難である(疎甲一一、審尋の全趣旨)。

2  本件建物の建築については、平成八年九月ころ、債務者新和企画から債権者を含む近隣住民らに対して知らされ、以後債務者らによる右住民らへの説明会が二回開催され、また戸別訪問により建築概要を説明するなどの交渉の機会が持たれたが、右交渉過程においては、債権者ほかの住民らが日照被害等を主張して建築計画の変更を求めたのに対し、債務者新和企画は本件街区が商業地域であることを主張してこれに応じず、また建物買取り、金銭補償等の代替措置について具体的に提示したこともなかった(疎甲五、七、疎乙二一、二三、審尋の全趣旨)。

その後の本件審尋期日において、債務者新和企画は債権者に対し、日照被害の代替措置として、債権者建物への太陽光採光伝送システムの設置を提案した(疎乙三五)。

第四  当裁判所の判断

一  被保全権利

1 前記疎明された事実によれば、債権者建物は平成三年ころからは五年以上にわたり、冬至日、春分・秋分日いずれにおいても、午前八時ころから午後二時ころまで日照を享受していたが、本件建物が計画どおりに建築されると、終日にわたり、せっかく回復した日照を奪われる結果となり、債権者の努力によって右被害を回避することは困難である。

一方、債務者新和企画にとっては、本件建物については建築基準法等の関係法規に適合するように設計し、建築確認も受けたにもかかわらず、債権者建物の日照被害を回避するためには、本件建物の階数の削減や建築場所の変更によることはできず、本件建物全部の建築を差し止めざるを得ないことからして、右差止めによって経済的損失を被るなどの不利益を生じることは否定し得ない。

しかし、本件街区が商業地域内であるにもかかわらず、現実には低層住宅、店舗等が多数密集しているという地域性に加え、債務者新和企画が本件申立以前の交渉過程において、債権者建物の日照被害の回避、代替措置等について十分な配慮を示したことがないことなどを併せ考慮すると、本件建物による日照被害を債権者が受忍すべき理由はないというべきであり、債権者は債務者新和企画に対し、債権者建物の所有権に基づく妨害予防請求権として、本件建物の建築差止請求権を有すると認められる。

2  債務者らは、債権者が従前から本件建物敷地上にあったガソリンスタンドによって日照を阻害されていたものであり、これが撤去されてから本件建物が建築されるまで、過渡的に日照利益を享受していたに過ぎないこと、本件街区が商業地域内にあり、国道一〇号の沿線に存在しており、中高層の商業ビルやマンションの建築が今後予想される区域であること、債務者新和企画が債権者に対し太陽光伝送システムの設置などの代替措置の配慮を示したことなどからして、債権者の日照被害は受忍限度の範囲内であると主張する。しかし、債権者建物はガソリンスタンドが撤去される以前も東側から日照を享受しており、またその後は五年以上にわたって、およそ二時間程度「浜町コーポ」の日影下に入る他は、南側及び東側開口部からの日照を享受してきたものであり、かかる日照による利益は建物所有に伴う生活利益として保護すべき性質のものである。また、本件街区を含む地域においては過疎化、住民の高齢化等の現象が進行しており(疎甲二〇、疎乙一八の1ないし5)、必ずしも今後高層建物の建築等の高度利用が進むとは認められないので、本件街区が商業地域内にあり、幹線道路沿いにあることをもって債権者の日照被害が受忍限度の範囲内であるということはできない。さらに、太陽光採光伝送システムの設置については、本件審尋期日に至って初めて提示されたこと、右システムは太陽光を屋内に採り入れる際には照射器具によって行わざるを得ず、伝送される光線も紫外線を含まないなど(疎乙三五ないし三七)、日照そのものに代替し得るものではないことなどからして、右代替措置をもって本件日照被害を受忍すべきであるとすることはできない。

3  債務者三和建設について

債務者三和建設は、本件建物の建築確認において工事施工者とされているが、現時点で債務者新和企画との間で本件建物の建築請負契約を締結するに至っていないので、債務者三和建設によって債権者建物の日照被害、基礎杭工事に伴う地盤沈下、振動等による被害が発生するおそれがあるとまでは未だ認められず、債権者の右債務者に対する本件建物の建築差止めを求める請求は理由がない。

二  保全の必要性

本件建物は未だ建築に着手されていないが、前記計画どおりに建築が進行し、完成した場合には、後日これによる日照被害を除去することは著しく困難であることが明らかであるから、保全の必要性が認められる。

三  結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、債権者の債務者新和企画に対する申立ては理由があるからこれを認容し、債務者三和建設に対する申立ては却下することとし、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官菊池徹 裁判官山口信恭 裁判官大西達夫)

別紙〈省略〉

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